谷内彩子ピアノレッスン

〜いつも心に音楽を〜
ピティナグランミューズ部門、卒業
2026/08/02 公開

 

全国大会を目指して

頑張った5年間でしたが、今春、卒業を決めました。

プライオリティーは

コンペティションでは、なくなりました。

正直、集中力や毎年という持久力に自信がなくなったのもあります。

この6月に

ふと、グランミューズ部門の予選をききにいきたくなり、行ってきました。

音楽という慈しみ溢れるピアノの音色が空間に広がり自分自身を重ねました。

コンペに

エントリーせずとも

音楽を志す大人として

『弾き続けていく』

音楽の道は無限だということ。

そして

挑戦しつづけるコンペティター、

特に

ピアノ指導者の方々は

コンペにずっと出るつもりだったもう1人の自分自身。

応援しています。

◎26年振りのコンペチャレンジ5年間振り返り◎

私の学生時代には、メジャーではなかったアラフィフでもコンクールにチャレンジできる時代。

学生時代に不完全燃焼だった自分自身にも、現在の私にも、いろんな可能性を見出せた5年間でした。

そして、どんな事も積み重ねが大事、という当たり前なことも痛感しました。

グランミューズ初エントリー当時、師事していた樋口紀美子先生からは、年齢的にもA2カテゴリー(当時は40歳以上〜予選・本選・全国1曲でOK)を勧めていただきました。

❤︎樋口紀美子先生❤︎

故中島和彦先生・安倍紀子先生・長島圭太先生門下の先輩である橋場多恵子先生のもとでピティナ指導者ライセンス全級取得後、2年程ご指導いただきました。

ピティナ指導者ライセンス合格体験記

https://license.piano.or.jp/news/2021/02/pickupinterview_vol21.html

初グランミューズは、日本バッハコンクールで第一位をいただいた直後。

グランミューズ用に、樋口先生に勧めていただいたブラームスのピアノソナタ3番の4・5楽章は、譜読みが終わったばかり。

(バッハコン前の夏にいただいてたのに(汗)

『予選は通過して欲しいわね!』

そんな事情から、地区予選はバッハコンで弾いたトッカータ、地区本選ではブラームスを間に合わせる!という計画で、A1カテゴリーにしました。

(当時は、バッハコンで弾いた曲でのグランミューズA2カテは、プレッシャーも感じましたので)

一応、全国も見据えて

『予選本選全国で3大Bになるわね!』

と、学生時代に弾いたことのあるベートーヴェンのソナタ7番、最終楽章もレッスンに持っていきました

コロナ禍の2020年夏に『ギャラクシティ音楽コンクール』で26年ぶりにコンクールなるものに再挑戦。

その秋冬に日本バッハコンクール、2021年のピティナグランミューズ部門。

私の若い頃は『合否』のみ。

点数もコメントもない時代。

(ピティナは受けたことなかった)

点数といただく寸評がとっても新鮮で嬉しくて!

(時にはコメントや点数に凹む?凸る?こともありましたが)

『いただいたコメントから、もっと深めてコンペで弾きたいし、新曲も1年に1曲はチャレンジとしてコンペで弾きたい』

そんなこんなで、2期2作品を弾く必要があるA1カテゴリーにこだわったことで、カップリングとして『現代曲』の必要性を感じていました。

2022年の夏より、ピアノ指導者としてMiyoshiピアノ・メソードの勉強会に参加していたこと、そのご縁で田中貴子先生にレッスンをお願いし、三善晃ピアノコンクールで、三善晃先生のピアノ・ソナタ3楽章プレストに挑戦しました。

近現代としては、学生のころにドビュッシー、スクリャービンのみ。

それでも、新たなことにチャレンジすることで、『やればできる!』

2025年からは特定の先生には就かず、ピティナステップやマスタークラスレッスンでのアドバイスをもとに練習し、本番に臨んでいました。

2025年、やっぱりコンペやるにはレッスンが必要、と東京音楽大学社会人コース。

指名は出来ないチケット制でしたが、素敵な先生、後藤美由紀先生との出会いがありました。

26年ぶりのコンクールチャレンジを通して

素晴らしいピアノ指導者の方々とたくさんの出会いがあり

本当に充実した5年間でした!

#ピティナ